韓国で就職活動

韓国で就職活動をしていたお話をポロリ

私は高麗大学の語学堂に4級まで通い

その後ある程度しゃべれるようになったのと

日本で言う五月病みたいな感じで

「新しいことをしたい」って考えていた。

そこで住所も移して私立の語学スクールに

通いながらアルバイトをしていた。

アルバイトは夕方から始まるもので

夜遅くに帰宅して、昼頃まで寝て…の繰り返し。

は、っと気がついたら日本でもできるじゃん。これ。

しかも日本の方がアルバイトの時給いいし。

そこで本格的に履歴書を作って就職活動を始めた。

まずは韓国語と日本語の履歴書をPCバンで作る。

日本は手書きの方が印象がいいところもあるけど

韓国はIT化が進んでいて関係ないみたい。

色んなところに話に行った。

1.まずは日本で知り合った韓国人の紹介の会社

私が日本にいる時から是非来てくれっていう話がずっと続いていた。

旅行会社だったんだけど、いつの間にか話が流れた。

よくある事で韓国人に対しては過度に期待せず

もし実現したら喜ぶぐらいの気持ちで行くと精神衛生上良いです。

あの人たちは「やってあげたい」事まで、口に出して言ってしまう

お茶目な人たちなのです。日本人は責任感が強いので

よほど自信がないと就職を紹介してあげるとか言えないけどね。

2.次は大手英語学校での日本語教師

韓国はコネ社会だから、ここで働いていた

在米韓国人が飲み会に誘ってくれて

その席にいたのが大手語学学校の校長先生。

これから日本語コースを立ち上げるから是非来てくれ。

私の人柄も気に入ってもらえた(猫かぶり)

履歴書も私面接も終わり、あとは働くだけ。

と、一旦日本に帰国して待機していた私。

待てど暮らせど

返事が来ない。

いつ渡韓したら良いのか…

そして何度もメールをした結果

「残念ながら日本で四年制大学を卒業されていないので

 韓国政府から就労ビザが発給されませんでした」

社長もいいづらかったんだと思う。

気を使ってくれたんだと思う。

でも、か~な~り凹んでしまった。

今まで英語も韓国語も色々勉強して来たのに

結局ビザも発給されない、門前払いだ。

実際釜山で日本語教師をやっていた友人は

「大学卒業してそのまま来ちゃった。

 ソウルに比べて釜山は資格がゆるいから

 4大卒さえあれば、就職できた」と言っていた。

そう、日本語教師に求められるのは韓国語でもなく

四大卒以上の学歴なんだ。

韓国留学人生の先輩方には

「それは確認しなかったあなたも悪い」とか

余計凹む事言われるし

結構二重のショックを受けていた。

お先真っ暗のショックと、私がやっぱりいけなかったの?ショック。

やっぱり海外に出てがんばっても四大卒の資格で

私の未来は閉ざされる。。。

そんなわけで、韓国就職活動は未遂で

私のモチベーションが落ちて、一旦休止になりました。

後半へ続く (ちびまるこちゃんナレーション風)

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韓国留学 初日 後半編

韓国の仁川空港で、韓国友人と待ち合わせできた私。

彼の友達も日本語を勉強しているというが

二人が話す言葉は韓国語(あたりまえ)で

これからどうやって行くのかただ着いていくのみだった。

バス停に並んでバスを待つようだ。

ふむふむ。

と、バス停に並んでいた前にいたおじさんおばさんと話し始め

しばらくすると「00さん、これからこの人たちの車で行きます」。

私の頭の中ははてなマークだらけ。

この人たちは、親しげに話してるけどご両親だったのか??

おじさんの運転するバンに乗って出発。

バンの中でこそこそ日本語で聞く私。

「あの人たちはご両親?」

「いえいえ、あのおじさんはバンの運転手で

おばさんは娘さんをシアトル留学に送り出したそうで

帰りに殻で帰るのも何なので、乗りあって帰るんだよ」

なるほど~。びっくりしたよ。

日本じゃあ空港で列の前の人と車に乗ることなんて無いもんね。

そしてカルフールについた。

どうやらここの駐車場にソニョンさんの車を止めていたらしい。

車をみてびっくり。

マシマロだらけ。かわいくないキャラクターの

ハンドルカバー、ギアカバー、シートベルトカバー。

男性が車をこんな風にするなんてカルチャーショックでした。

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そしてしばらくすると渋滞に巻き込まれ

「00さん、今父に電話して聞いてみたんですが

ソウル市内に入る道路がすごく込んでいるので

車でなくて電車で行かないといけません。」

私「そうなんですか。分かりました。ここまでありがとう」

一人で下宿の最寄駅まで地下鉄で行こうと考えた。

最寄の駅について下宿に電話したら迎えに来てくれるという話だったからだ。

するとジェヨンさん、ソニョンさんが

「何言ってるんですか、一緒に行きますよ。」車を置いて

地下鉄で一緒について行ってくれるというのだ。

途中でマートに寄って「何飲みますか?」と聞かれ

旅行中に飲んで美味しかった「バナナ牛乳」を指し

4本セットを1本づつみんなでチューチュー飲んだ。04090901_2

下宿の最寄り駅から

下宿まで電話してくれて

荷物も全部運んでもらった。

階段をスーツケース持つのって

女性だと大変だけど

私はありがたい事に、いつも誰か助けてくれる。

下宿のおばちゃんに会って話をしてから

夜も更けてきたので、二人がそろそろ帰らないといけない。

その時の心細さ、さみしさを今でも覚えている。

彼らがいたときは通訳してくれたけど、

おばちゃんは日本語はなさず、私も韓国語できない。

で、夜も更けたけどご飯を食べて無いんじゃないかと

下宿おばちゃんが、簡単にご飯汁物おかずを出してくれた。

「なぬん はんぐんまる もっらよそれしか話せなかった。

私韓国語分かりません

そしたらおばちゃんが

「など いるぼんまる もっらよ」(私も日本語わかりませんと。

韓国来る前は東京で一人暮らしだったので

基本的には一人でご飯を食べる事が多かった私は。

他人が作る料理をしばらく食べていなかった。

だからより一層美味しかった。

食事だけ出して部屋に戻ることもできるのに

言葉が通じない私の食事をただ見てるだけのおばちゃん。

その時は、実は食べながら感動で涙が出そうだった。

一人暮らしが長かったせいもあり、人の温かさが身にしみた。

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韓国留学 初日 前半編

久しぶりに、韓国留学過去日記を書きます。

2002年4月1日に、私はソウル仁川空港に一人で降り立った。

実は同年2月ぐらいから、新大久保でやっていた

「おしゃべり会」という日韓勉強&交流会に行っていた私。

これはソウルウインドというサイトで募集を見つけたんだけど

私は韓国語が全く出来ないので、ただ新大久保のファミレスに

毎週月曜日に行って、日本語勉強をサポートしてた。

そこで会った超ハイテンション男性、ジェヨンさんは

話してみると、4月1日に完全帰国するらしい。

(新大久保の居酒屋で、ちょぎよ~の直訳

ここですぅ~」と大声で店員を呼んでいたのが忘れられない)

まだ2回ぐらいしか会ってない彼に

私はずうずうしくお願いをした。

「4月1日、ジェヨンさんの飛行機の到着した後

 30分後に到着するから、ロビーで待ってて下さい!」

この辺のずうずうしさが、韓国っぽい私?

そして当日、口約束だけを頼りに税関を超えると

誰もいない…韓国語ばかりで、分からない。

どうしよう「ケンチャナヨ精神で何とかなる」なんて来た私

ものすごい不安で、実は全く大丈夫じゃない事に気がついた。

仁川空港は新しくできた空港だけど、英語表記は一部のみで

読めたとしても、方向感覚がないと、地図が分からない。

自分で頼んだ立場なのに、

「やっぱり韓国人は約束を守らない」と責任転嫁してた。

しばらく放心状態だった。

これからどうしたらいいのか。

まずは、外に出てバスを調べればいいのか?

着いたらいてくれる事を前提にしてたので

何も考えて無いことに気がついた。

どうしよう。

どうしよう。

どうしよう。

どうしよう。

すると、どこからともなく

「○○さぁ~ん!」と明るい声が聞こえてきた。

そう、ジェヨンさんが待っていてくれたのだ。

本当に救われた。

ジェヨンさんの親友のソニョンさんという人が

迎えに来ていた。

男の人の迎えに男友達が来るところが

韓国の男の友情の深さだと感じた。

暖かかった。うれしかった。

後半へ続く。

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韓国留学の後輩達

GOOブログで検索すると、タイトルと内容も表示されて

見やすいので、最近は良くGOOブログで色々と検索してる。

そのお陰で東方神起が3月18日土曜日に名古屋でライブある

という公式HPで発表されて無いことまで即座に分かる。

ブログって便利ですね。

そして、「韓国 留学」で検索してみると、いるわいるわ。

留学中の人もいれば、留学を予定している人もいます。

私が留学しようとしたときは、韓国語のテキストも

新宿紀伊国屋にもあまり無いような時代(2002年)。

そこで良くお世話になったのが、

今は無きソウルウインドというサイト。

ワールドカップの時に誹謗中傷が増えて閉鎖に

なってしまったけど、留学斡旋業者を介して無い私は

この今は無きサイトで、全て調べた。

あとは韓国人からのクチコミで安い旅行会社を

教えてもらって、そこで航空券買ったり、

下宿も、アメリカ留学時代の友達の友達夫婦が

日本に来ていて、彼らの知り合いの在日の子がいた

評判の良い下宿を探しておいてくれたり、

なんていうか色んな人の縁に助けられてやってきた。

そんな頃って、いろんなことが不安でドキドキしてて

今みたいに「韓国ってさあ」なんて言わなかった純粋な私でした。

そんな私が、韓国留学準備中で一生懸命やってる人を

ブログで見つけると、うれしくて何かしてあげたくなっちゃう。

こんな風に情が厚い(おせっかいとも言う)

私はすっかり韓国風かな?

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韓国人のビザ免除恒久化へ

日本政府は1月16日、今年2月末まで暫定延長されていた韓国からの観光客などへの査証(ビザ)免除措置を、3月1日から恒久化する方向で検討に入った。 らしいです。

懐かしい、もう遠い過去のような愛知万博の時に

日韓相互の査証免税措置ができた。

一時的だと思われたこの制度が

今年の2月28日まで延長になった。

そして今月16日、このまま問題がなければ

恒久化する話になったそう。

これは日本に来る韓国人観光客も増えるだろうけど、

韓国留学を考えている日本人にとっても朗報。

私が昔D-4ビザ(半年)、C-3ビザ(三ヶ月)を

取った時の苦労は、なんだったの??

とも思ったが、

査証免除措置が恒久化すれば、

これから韓国に留学する日本人は

ビザで悩まずに3ヵ月ごとに行ったり来たりできる。

一部のネットでこんな事したら不法滞在が増える!

外国人の犯罪が増える!って

流れてたけど、近い国だもんしょうがない。

アメリカの不法滞在者No1がメキシコのように、近いんですもの

統計取ったら、数字だけでは韓国人が犯罪率1位でしょうよ。

あとね、ここだけの話、韓国で生まれ育った韓国人でなくて

戸籍上韓国の中国で生まれ育った「朝鮮族」の犯罪率が

結構高いのだよ。 全てが悪い人でなくあくまで率です。

私の通ってた学院にも日本の警視庁から

派遣されて韓国語勉強に来てたけど、犯罪者の言葉?を

よく聞いているからか日常生活では聞くのが難しいほどの

本当に悪い言葉をよ~く知っていた。

で、警視庁の人たちが日常会話を学びに韓国に来てた。

韓国に住んだことも無い人の誹謗中傷は「韓国嫌い」って

時々毒を吐く私でも、切なくなります。

話は戻って、この査定免除の延長で、

日本人で海外に行く人は多いけど、日本に来る外国人が

少ない日本の観光赤字 を脱出できるんじゃないか?

と期待する私。

といいつつ、海外旅行の妄想が止まらない…

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韓国留学の資金を稼ぐ。

韓国留学を心に決めてからは持ち前の

粘り強さ(しつこさ?)で貯金をした。

貯金の為に会社で5時まで働いた後、お台場の

レストランで7時から11時までバイトした事もある。

会社勤めでバイトするのはもちろん違法行為です

そしてお金を貯めるには使わないのが一番!と

会社で財形貯蓄を始めた。

給料が天引きで貯金されるので、手元に無いので

使う心配がないのだ。 

このとき一人暮らしでアパート代が7万円なのに

毎月4万円、ボーナズ時には10万以上入れてた。

食費は会社にお弁当、お茶を持って行き節約する。

時間が無いときはおにぎりだけもって行くこともあった。

お昼がおにぎりだけだと、先輩達が

「おにぎりしかないの?」とおかずを分けてくれて

一番豪華なおかずになったことも懐かしいです。

そんなこんなで一人暮らししながら3年間で

財形貯蓄で120万弱貯めた。

そして1年間の留学でほとんど無くなった。

住んでみると韓国は物価が高いから大変。

今は実家住まいで働いているので

今年1年で100万円貯めるのが目標です。

そしてレートが良くなったら韓国の銀行で

定期預金して利子で稼ぐプランも練ってる。

私の周りはみんなネット証券やってるんだけど

私はハイリスク、ハイリターンより

こつこつと資金を増やしたいタイプです。

韓国留学には1年間で少なくとも100万円必要です。

一ヶ月の生活費は学費も合わせて8万から10万は必要。

旅行で行くと物価が安いと思うけど

住んでみると日本の方が安い!と思うときもしばしば。

韓国の物価は決して安くないのでチョシマセヨ(気をつけて)。

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アジア人として。

私が韓国に留学した2002年には参考書なんて

新宿の紀伊国屋に行っても、本棚に何冊かある程度。

それが今では「韓国語コーナー」ができてるんだもの。

留学するって言っても「時差あるの?」「台湾?」とか

なんだか不思議な反応ばかりでした。

今は「流行の韓国だね」って言われてブームに乗って

留学したみたいで、それはそれで微妙なんですが。

あとはアメリカ留学と韓国留学の差についてですが

アメリカだと無条件かっこいい!いいな~。

韓国なら「なんで?」「じゃあ韓国語しゃべれるの?」

「なんで?」の説明が終わったと思って

日本を旅立つと今度は韓国人から

「なんで?」「中国語の方が役立つんじゃない?」と

質問攻め。 どうして留学したかは前日のブログをどうぞ。

「じゃあ韓国語しゃべれるの」って質問はいつも驚く。

アメリカに留学して帰ってきた人に

「じゃあ英語ペラペラだね~」とは言うだろうけど

「じゃあ英語しゃべれるの?」とは聞かないはず。

韓国語1年間勉強して来たのに、韓国語しゃべれるの?

って聞かれる質問がいつも不思議に感じる。

あとは、私もそうだったんだけど日本人やっぱり

アメリカに対する憧れがあって、アジアは??って感じ。

はまってしまうとDEEPなのがアジアなんだけど

多くの人はアメリカ留学=かっこいい。

      アジア留学=不思議。 って感じがあるかもしれない。

英会話のNZ出身の先生の

「日本はアジア圏の一員としての自覚が足りなくて

アメリカの植民地みたいになってるから、もう少し

アジアに目を向けて欲しいと」言っていたのを聞いて

その通りだと思った。 

世界を見ている世界青年の船の友達も

韓国に興味がある人は、すごく興味を示してくれるけど

そうじゃない人は??って感じだったのを思い出した。

アジアの人達に会うと根底で何か繋がっていて

通じるものがあるんだよね♪

韓国人、タイ人と接しても思ったしフィジー、グアムでも

「なんかルーツがあるんじゃないか」って感じた。

フィジーなんて遠い国なのにアフリカ系とも違う

沖縄人のような独特の顔の人が多くて

「やっぱり日本人は南から北上してきたのか?」なんて

人類のルーツについて色々と興味が沸いてきた。 

今年は東南アジアに出かけたいと夢見ています。

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韓国に留学したい!

韓国に留学しようと思い始めたのは2000年頃かなあ。

社会人になって3年働いたら、英語以外の言葉を

勉強しようと心に決めていた。

韓国語かスペイン語がいいな~なんて思ってた。

気持ち的にはスペイン語の方が興味があった。

英語と似てるのが面白いと思ったし、ラテンな人達に

興味津々だったんだよね。

で、なぜ韓国語になったかというと、

始まりは単なる安いパック旅行でした。

私は2月ぐらいの最安値(夜出発朝帰国を延泊して)

1週間いて3万円ぐらいのツアーに参加したのが最初。

そのとき学校終わってから飛行機に乗った気がする。

韓国にはアメリカのときの友人も何人かいるし連絡して

みたんだけど、アメリカで見ていた彼らは仮の顔

韓国人ってすごい!って思うことばかりだった。

①ご飯は全てごちそうしてくれる

(田舎育ちの私は全て割りかんの

 東京の友達に寂しさを感じていた。)

②とにかく熱い人々。踊るし声はでかいし大騒ぎ。

(アメリカでは単に英語しゃべれなかっただけなのね)

③韓国に留学しようかな~って軽く言っただけなのに

 エステのお姉さんに涙目で両手を握られ応援される。

④少し会って帰るつもりがなかなか帰らないので困っていたら

 私達のホテルで6人で寝るつもりで朝一緒に着いて来た。

 (おごってもらってたので、帰ろうとも言えず遠慮してたら

 最初から私達のホテルで寝るつもりだったらしい。ずうずうしい)

人懐っこいし、「アニョハセヨ」って言っただけで喜んでくれる。

英語勉強しててアメリカ人に

「英語勉強してくれてありがとう」なんて

言われたことないから歓迎振りにびっくりした。

韓国語一言しゃべるだけで態度が抜群によくなる。

それで、アメリカにいた頃は良く似たアジア人と思っていたけど

この人たちの国民性どうなってるの? 

日本人とは全く違う!

アジアのラテン人っていう言葉がぴったりだ!

知れば知るほどに興味が沸いてきた私は

「国民性、文化を学ぶには言葉から」と思い

韓国に語学留学をする事を決心した。

つづく。

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初めて韓国人に会ったのは。

私は1997年にアメリカワシントン州オリンピアで語学留学

していましたが、その時に韓国人に初めて会いました。

なんだか親近感が沸くなあ~。

男の人は優しくていい人が多く、顔は日本男の方が

かっこいい。 なんだかみんなおじさんっぽい。

女の人はキツい性格の人が多いなあ。

人懐っこい人もいないなあ。

そんな初印象を持ちました。

ホームステイでのルームメイトも韓国人だったんだけど

「親戚がいるので出ます」と出てってしまった。

あとで聞いたら親戚ってのはウソだった。

親戚のお兄さんって人が挨拶に来たけど

私もホストファミリーも親戚だと思い込んでた。

韓国人て結構みんな顔が似てるから信じてたのに。

アメリカに行っても韓国人同士で住んで、韓国料理

食べたり、なんていうか、、、留学の意味あるの?って思った。

そんな人ばかりじゃないし、日本人もつるんでる人いるけどね。

その後、韓国人ハウス(本当に韓国人だけでドミトリーに住んでた)

に招待され、そこで初めてキムチをおいしいと思った。 

それまではキムチのもとを鍋に入れようとする弟に

「自分のとこでやってよ!辛いの食べられない!」

なんていっていたのに、初めてキムチがおいしいと思った。

で、一緒にいた友達は韓国語を勉強し始めた。

その時の私は

「韓国語なんてやっても何の役に立つの?」

と全く興味がなく勉強しなかった。

それが今では、韓国に留学、就職までしてしまった。

不思議なもんです。

韓国留学のきっかけ、理由はまた後日UPします。

Neko 私の枕を奪う猫

 エムちゃん。

 額にM字がある。

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